弁護士コラム

未払い残業代請求の流れ(8)~調停・和解と審判・判決~

2016.08.26

前回記事の「未払い残業代請求の流れ(7)~残業代請求訴訟~」では訴訟の流れを確認しました。
今回は、労働審判と訴訟で出てきた「和解(調停)」についてです。

「和解」というのは、「お互いに譲歩して紛争を終結させる法律行為」です。
「和解」には「裁判外の和解」「裁判上の和解」があり、いくつかの違いがありますが、最大の違いは、

「『裁判上の和解』には判決と同等の強制力がある」

という点です。
そして、労働審判や訴訟の手続内でなされた「和解」は「裁判上の和解」となります。

「裁判上の和解」となった場合、裁判所が和解条項を記載した「和解(調停)調書」を作成します。
残業代請求事件の場合、条項は概ね次のようなものとなります。

・会社が労働者に対して『解決金』として金○円を支払う義務があることを認める。
・会社は、前項の金員を○年○月○日限り、労働者の指定する口座に振り込んで支払う。
・会社も労働者も本件に関する事柄を第三者に口外しない。
・会社と労働者の間には上記以外何ら債権債務がないことを確認する。
・訴訟(申立)費用は各自の負担とする。

『解決金』というのは、要するに争われた未払い残業代の支払いに充てられる金員のことです。
『解決金』の金額は、事案の内容や両当事者の考え方等にもよりますが、請求額の50~80%程度となることが多いです。

「債権債務がないことを確認する」というのは、「ここで決めたこと以外にはお互いに請求できるものも請求されるものもないことを確認する」という意味です。
両当事者間の紛争を終局的に解決させるためのもので、和解の際には必ず入れられる条項です。

紛争解決の手段として、和解はかなり有用であるため、裁判所も弁護士も大なり小なり和解を推奨してきます。
和解の主なメリットは次のようなものです。

(1)一定額の金員をほぼ確実に回収できる
労働者側の最大のメリットがこれです。
例えば、300万円の残業代を請求していて200万円の和解を呑んだ場合、200万円はほぼ確実に支払ってもらえます。
一方、和解しなかった場合、「200万円以上の審判や判決を得られるか」「実際に回収できるか」というリスクが生じます。
特に問題なのが後者で、実際のところ、強制執行で回収に成功するケースは稀です。
というのも、現在の仕組みでは強制執行のハードルが高く、回避も比較的容易にできてしまうからです。
強制執行となればさらに費用がかかりますし、リスクを考えれば和解による確実な回収の方が賢明となるのです。

一方、会社側の視点だと、これは「一定額を支払って確実に紛争を終結させられる」という意味合いになります。
強制執行の回避が可能とは言っても、それには手間、費用、取引先の信用失墜、不安定な状況の長期化という問題点があります。
未払い残業代請求が判決で決着した場合、「付加金」というペナルティの加算もあり得ますし、一定額を支払って確実に紛争を終結させるということは、会社側にもメリットがあるのです。

(2)それ以上その紛争に関わらなくて済む
労働審判にせよ訴訟にせよ、弁護士が関与していたとしても、本人の協力は不可欠です。
手続が続いている限り、本人は裁判所への出頭、弁護士との打ち合わせ、資料の準備と手間がかかります。
しかし、和解がまとまって事件が早期に終結すれば、それ以上その問題に煩わされることがなくなります。

(3)紛争の直接の対象以外の問題も同時に解決できる
例えば、未払い残業代請求で審判や判決で決着した場合、強制力が働くのは「未払い賃金の支払義務の有無」という点だけです。
それ以外の物事については、手続内で言及があったとしても法的な強制力・拘束力は原則として生じません。

しかし、「和解」であれば相当に柔軟な対応が可能になります。
例えば、労働者が在籍したまま争っている場合、退職の日付や理由をどういうものにするか、社会保険の扱いをどうするか、といったことも和解条項の中でまとめて解決することができます。

和解にはこのような利点があるため、未払い残業代請求労働審判・訴訟事件の7~8割は和解で終結します。
会社側も支払う気があって和解するわけですから、普通は和解で決められた『解決金』を期限内に支払ってきます。
もし、これを支払わないようなことがあれば、労働者側は「強制執行」を検討することになります。

一方、和解せず審判や判決で決着した場合は、「強制執行」を検討することになります。

強制執行の手段はいくつかありますが、通常想定できるのは、
①会社名義の預金の差押
②会社名義の不動産や動産の差押
③会社の取引先の売掛金の差押
といったところです。

いずれの場合も、どこにどういう財産があるのかを労働者側である程度特定しなければなりません
また、差し押さえた口座が空っぽだったり、抵当権が設定されていたりすると強制執行は空振り、失敗に終わります。

次回でこのシリーズは最後となります。
次回は、これまでのコラムで見てきたことを整理して、未払い残業代請求の問題にどのように対処すればよいのか、ということをまとめてみたいと思います。