弁護士コラム

労働審判は便利な手続なのか

2015.05.27

法的トラブルを解決する最終的な手段は「裁判(訴訟)」ですが、事件の類型によっては特別な手続が用意されていることがあります。

「労働審判」はその1つで、残業代不払いや不当解雇等の労働問題限定で利用できる手続です。
主な特徴として、

・迅速性:原則3回以内(概ね3か月以内)の期日で解決する。
・専門性:労働問題の専門知識を有する委員が担当する。
・柔軟性:事案の性質に応じた柔軟な対応が可能。

といったものが挙げられており、仮に和解が成らず審判結果に不服があった場合には、異議申立することで通常訴訟に移行することができます。

弁護士に相談する前にウェブ検索等でこの労働審判の存在を知った相談者が、

「早く解決させたいんで労働審判でお願いします。」

と言ってくることがありますが、実はこの手続にはいくつか落とし穴があり、必ずしも便利なだけの手続ではありません。

労働審判は、労働審判官1名と労働審判員2名によって構成される労働審判委員会の指揮下で進められます。
東京・大阪・名古屋のような大都市の裁判所には労働専門部があるので、労働審判官は労働部の裁判官が担当します。
労働審判員は、労働関係の専門知識を有した非常勤裁判所職員で、企業の元労務部や組合経験者等が担当します。

まず、労働審判は、基本的に白黒はっきりさせることを目的とした手続ではありません。
そのため、労働審判委員会は初期段階から和解を強く推してきます。
無論、申立書や各証拠、期日に出頭した当事者の審尋を踏まえて、大まかな着地点を見通して和解を進めてくるのですが、このときに「迅速性」の特徴が意外な足かせとなることがあります。

労働審判は短期間で終了してしまうので、相手方の反論を受けて追加の主張や証拠を出したくなったときに、事実上それができないという問題が生じるのです。
つまり、相当入念な準備をして証拠を完璧に揃えてから打って出ないといけないということになります。
ところが、例えば未払い賃金等は消滅時効が2年と短いため、弁護士に相談に来た時には時効期間が目前に迫っているということが珍しくありません。
また、相手方から予想外の反論が出てきて、追加の証拠を用意しなければならないということが起こります。

そのような状況になると、労働審判委員会は十中八九こういうことを言ってきます。

「この証拠では期日内にあなた(労働者)の主張を認めることはできない。
追加の主張や証拠を用意すると言っても時間が足りないでしょう。
今のままだとあなたに不利な審判を下さざるを得ない。
異議申立をするとしても、また最初からやり直しになるし、裁判になっても結果は同じになるはず。
それだったら今この条件で和解しておいたらどうですか。」

こういうことを執拗に迫られて和解を拒める人はそういません。
結果、当初考えていた金額よりだいぶ低い金額での和解に応じざるを得なくなる、ということです。

通常の裁判でも裁判官が和解を推してくることはよくありますが、労働審判はその程度が通常の裁判の比ではありません。
そういうことを考えると、相手方が争ってきそうな事案、証拠が少しでも不足しているような事案は、通常の裁判によった方が良い結果が得られる可能性が高くなる、ということになります。

無論、労働審判も利用者の利便性を考慮して創設された制度ですので、上手く使えば迅速に問題を解決することができます。
しかし、運用の実態を見る限りでは、

「タイムカード等で明確に残業の事実が立証できて、争う余地が全くなさそうなのに、なぜか相手方が強硬に抵抗している事案」
「社印のある解雇通知を受け取っていて、解雇を正当付ける正当理由が全くないのに解雇された事案」

といった限られたケースでなければ、労働審判手続を利用して満足いく結果を得るのは難しいのではないかと思います。