弁護士コラム

未払い残業代請求の流れ(3)~裁判外での交渉開始~

前回記事、「未払い残業代請求の流れ(2)~通知書の作成と送付~」で、会社に対して通知書を送りました。
ここから使用者である会社、雇い主との交渉が始まります。
今回は、「裁判外でどのように残業代請求の交渉が進んでいくのか」ということを見ていきます。

通知書を受け取った会社の対応は、「無視する」「労働者に何らかの回答をする」かの二択となります。

会社が「無視する」を選択した場合、労働者側としては「諦める」か「次の手(訴訟等)に移行する」かを検討することになります。
これは次回の記事で紹介するとして、今回は「会社が労働者に何らかの回答をしてきた場合」の話です。

未払い残業代としてある程度まとまった金額を請求した場合、会社がおとなしくこれに応じることはまずありません。
大抵、どこかのポイントで認識の相違があって争いが生じます。
典型的なのは次のようなものです。

(A)労働者の主張する残業時間と会社の認識している残業時間が違う。
(B)残業手当を払っており、これ以上払うべき残業代はない。
(C)管理監督者なので残業代の支払い対象者ではない。

労働者側は、会社の反論に応じて再反論することになります。

(A)でよくあるのは、会社にタイムカードがない、またはタイムカードはあるがタイムカード打刻後も仕事をしていたというケースですが、この場合は、労働者が残業をしていた証拠の有無が問題となります。
証拠としてあり得るのは、仕事用のメールやLINEの送信履歴、会社で印刷した資料に印字された印刷日時、労働者のメモ等です。
ただし、何でも出せばいいというものではなく、メールや印刷物の内容によっては後でこちらが手痛い反撃を受ける可能性もある、メモは証拠価値が低い、といったことを考えながら証拠の選定をする必要があります。

(B)は、残業手当の内容、殊に、定額残業代制の有効性という法律上の問題を考える必要が出てきます。
定額残業代とか、固定残業代とか、要するに残業時間に関わらず一定の残業代を払うという制度が有効か否かということです。
裁判例等から、これが有効とされるためにはいくつかの要件が必要なのですが、労働者側としてはその要件を1つ1つ検討して、会社の言い分を否定することになります。

(C)は、労働基準法41条2号の適用の有無という法律上の問題を考える必要が出てきます。
一時問題となった、「名ばかり店長」の問題がこれに該当します。
労働者が「管理監督者」に該当する場合、会社は残業代(の一部)を支払わなくてよいことになるので、裁判例等に照らして、労働者が「管理監督者」に該当しないということを反論しなくてはなりません。

こうやって、主張、反論、再反論、とやり取りを続けることになりますが、最終的に交渉で会社を論破・屈服させる必要は特にありません。
どちらがどの程度優勢なのか、劣勢なのか、ということを双方が何となく認識できて、ざっくりこのくらいの金額で手を打てればいいか、と考えることができれば、それで交渉による解決の糸口は掴めます。
そこまで行けば、あとは金額の擦り合わせだけの問題で、解決金の額が決まれば、合意書を作成して金銭授受を済ませて終了となります。

では、この裁判外の交渉に弁護士が出てきた場合にはどうなるか。
経験上、労働者から残業代請求等の通知書が来た場合、会社(使用者)側は高確率で弁護士に交渉を依頼します。
会社側の弁護士は当然に法的な話を絡めた反論をしてきますから、これに的確に再反論できないと一気に不利な立場に置かれてしまいます。

労働者側も弁護士に依頼していた場合、以後は双方の弁護士同士で交渉を行うことになります。
双方に弁護士がついていれば、お互いにその残業代請求の法的ポイントがどこにあるのかはわかるので、(A)の証拠価値、(B)(C)の要件の是非といった判断が正確にできるようになります。
そうなると、情勢の有利不利、訴訟等に移行する可能性、時間・費用と解決金のコストバランス、という認識の擦り合わせも迅速かつ正確にできるようになるので、早い段階で妥当な和解のラインが図れることになります。

和解の骨子がまとまれば、弁護士が合意書を作成します。
プロとして、紛争の蒸し返し防止や履行の確実性の確保といった点にも留意した合意書が作成されますので、合意書締結後に問題が再燃する可能性は低く抑えられることになります。

もちろん、弁護士が妥当だと考える案に会社や労働者本人が納得しなければ和解は成立しませんので、弁護士が代理人として入っていても、交渉が決裂するときには決裂します。
そうなれば、請求する側である労働者が、次の手段に移るかどうかを検討することになります。

次回は、「交渉が不調に終わった場合、どういう法的手続があるのか」ということを見ていきます。